離島には、なかなか本格的なオーケストラが訪問することはない。そのため、学生から高齢者まで多くの島民の方が自主的に聴きにきてくれた様子が感じ取れた。とくに高齢者の方は涙を流しながら「よく来てくれました!」と声を掛けてくれたのが印象的だった。
2000年以上前に書かれたギリシャ悲劇を、ドイツ人劇作家ブレヒトが第二次大戦後に書き換えた戯曲『ブレヒト版アンティゴネ』を取り上げ、「日本の高級老人ホームの発表会において演じる」という設定で上演。現代日本と世界の政治状況を重ねることで、多くの観客の支持を得た。衣装デザイン・製作で、韓国の衣装作家イ・ジンヒさんに関わってもらうことで、作り手たちにとっても、権力、祭、神などのあり方について、アジアという一段広くより深い視点で考えるきっかけとなった。
「多様な人たちの交流の場」としての、劇場の存在意義も実感している。アフタートークは定番となり、翻訳者谷川道子氏を招いてのトークも大変好評であった。また、戯曲講座はこれまでで最も参加者数が多かった。地方都市では、演劇上演の機会が限られているため、有名な戯曲について「知りたい」「楽しみたい」というニーズは確実にあり、その思いに応えるために、本講座実施の意味は大きい。また「演劇は難しい、敷居が高い」という観客予備軍(観客の一歩手前で、きっかけさえあれば劇場に来てくれそうな人たち)の背中を押すための、いわば「予習」的なものとして、本講座実施の意味が大きい。ブレヒト版「アンティゴネ 」の上演前の講座では、来場者にこの思いが強く、実際にほとんどの受講者が観劇に来場した。戯曲文学を通じて、年齢も職業なども全く異なる初対面の人たち(高校生から老人まで)が、人間観や人生観を語り合う場が生まれる。戯曲を現在の社会状況とつなぐことを考えている演出家が、ファシリテータをつとめていることが、このコミュニケーションを活性化している。
観客数を増やすべく広報に力を入れ、テレビCMや新聞折り込み広告を行ったが、残念ながら、新型コロナ感染症の恐怖が広がる中、劇場へ運ぶ人の数か押さえられてしまったことは否めない。しかし、どれだけ打撃を受けるのか想像もつかない状況で、動員数の落ち込みはあったものの、積極的な広報のおかげか、当時の社会的状況を考えると、来場者数もそこそこ保つことができたのではないかと考える。鳥取駅からの直行バスも少しずつ知られるようになり、利用者数が伸びている。免許を返上された方や、小中高生だけの利用なども増えてきた。
作家つかこうへいは故人であるが、映画「蒲田行進曲」などを通じてまだまだ知名度のある作家である。その興味で来場してくれた観客もあったし、1980年台の演劇界での活躍に同時代的に立ち会った人たちの来場もあった。一方で、名前だけは知っているという若い世代の来場も多かった。不条理的劇的な飛躍やありえないような設定に戸惑いを感じた観客も少なくなかったようだが、上演の狙いをしっかり捉えてくれた感想も多かった。今回はプレトークを実施し(初実施。ネットでも配信)、作品の背景や上演の狙いを観客に丁寧に届けることを心がけたが、それが奏功した部分も大きいと推測する。毎上演後実施したアフタートークでも、参加者それぞれが、感じたことや考えたことを丁寧に語ってくれ、濃密な時間となった。コロナ対応の一環としてウェブでのアンケートを実施しているが、ここに非常に長文の感想が寄せられた。作品に非常に心を動かされたという内容だが、手で書くよりもキーボードで書く方が書きやすい人が増える中で、ウェブアンケートの意義や可能性を改めて感じた。
リモートが続いた時に、受講生たちから焦りや不安の声も聞かれ、劇場で試すことが肝であることを改めて実感した。3月にやっと劇場で再開した際「途中まで上演、という選択肢もある」と投げかけると、「最後までやりたい!」という受講生たち。平日も可能な限り作業したり、学校に公欠交渉をしたり、リハーサルも例年以上に緊迫感があった。そのため達成感も大きかったようで、発表公演時のトーク部分では、どんな困難があり、どんなふうに乗り越えてきたか、実はやめたい時もあった、など、全員それぞれが自分に向き合って、言葉を探し、観客の前で伝えることができていた。
あらかじめ受講条件に「ネット環境があること」を入れており、google classroomを活用しているが、ネット利用に関しては各家庭でルールを定めてもらうため、どうしてもバラつきが生じた。今後もまだまだ、感染症状況によっては自宅からリモート授業もありうるため、対策を進めておきたい。
活動をしてみて
1時間ほどの作品を1日に3回上演するという初めての試みであったが、2日間にわたって来場し全作品を観劇する観客が多くみられた。公演事業と併催した食のイベントの効果もあり、1日中劇場に観客がいて、楽しんでいるという鳥の劇場としては新しい公演の形態を作ることができた。SPACから阿部一徳氏を客演として招き2作品に出演してもらった。外部から実力のある俳優を招く事で、鳥の劇場の俳優にも良い影響を及ぼし、作品の質の向上につながった。菅孝行氏、大澤真幸氏という著名な専門家を招いてのプレトークを開催することができ、三島由紀夫作品のファンは勿論のこと、初めて三島由紀夫に触れる観客からも喜ばれた。
・最寄りの浜村駅からの送迎対応に加え、鳥取駅からの送迎も無料で実施。
・日本語字幕17人、英語字幕2人の利用があった。